2012.05.11 Friday

私がリーマンだった頃

齢30オーバーになって、昔のことを思い出すことが少しずつ増えてきた。
極自然に思い出せるーーー当時の鮮烈なで激烈な感情は薄れ、
そして淡い情景を映画のスクリーンでみるような、
いや、映画ってほどちゃんとしたもんじゃない、深夜に垂れ流している
通販番組を眺める気だるさと呑気さで、昔のことを思い出す。
そこに、私の生き様の、少しだけ破天荒だった人生に、自然と触れる事ができる。

あれほど嫌悪していた連続性に対する思いは今となって変わりつつある。
事業を初めて二年強、いままでのスケールでは、すでに破局へ向かっている時期ではあるが、
しかし、今一度自分の心を鑑みれば、続ける事の意義について、
あれこれ戸惑いながらも前向きに検討できる気がしている。


個人的な美学、などと20前後の若造が思い抱いた妄執としてーーー
破天荒さ、荒唐無稽さ、破滅への憧憬、連続性への嫌悪、
などなどを信条としてぶちあげ、結果、一所に三年所属したことはなく、一つの連続した物語を
三年継続して紡ぎだした事もなく、常に断絶と破壊衝動へ思い入れを持ちながらも、
時としてファナティックまでの情熱と執着が限度を振り切るまで炸裂し、
その結果やはり三年が行動に一貫性を持たせる限度であり続けた。

放擲と癒着、この両極端の行動と心性が同居した結果、どれをとっても、いずれにしろ、
三年で破局を迎えた。
大なり小なり、すべて破局、破産、そして後味の悪い遁走。

そんな無頼然とした十代終わりから20代中頃まで、
一度目の大学を追い出され、路頭に迷いながら拾われたレコード屋を一年で
飛び出し、とある縁に導かれ、サラリーマンをしていた。
厳密には、サラリーマンではない、2000年初頭、世はITバブル、
「業務委託」であったが、今のような非正規雇用の「悲話」は今ほど深刻ではない。
企業にとっては正社員雇用のリスクは当時も今もかわらず、
非正規雇用の業務委託は、合法的で健全な妥協点であった。と思う。
具体的には、私のような野良犬にとっては金銭的な待遇で十分恩恵を得ていた。

20代始め〜中盤まで非正規雇用として、
私はさる事業において法人営業職に奉職していた。
今はなきその事業体、私が努めていた当時から苦戦はしていた。
そもそもの事業計画が甘かった、と若造の私でも分かった。
だから、仕事は苦戦の連続である。
今思えば、そこそこ成功したITベンチャーであったが、
塵と消えた今では、夢幻のごとくなり、である。

私は、そこで「事業」の楽しさも苦渋も、与えられた職権の範囲で痛感した。
Jあるとき、そうだ就業してから三ヶ月目ぐらいだろうか、部長に呼び止められ
「事業は楽しいでしょ?」といわれた。「会社は利用してなんぼ」の精神も
教わった。生き馬の目を抜く苛烈な覇権合戦、
明確なビジョンと、それを実現するタフネスが重要だった。
私も、若造なりに奮闘したが、今思い返せば赤面してしまうような、
「青いばかりの情熱」と、一方で「思い通りにならない現実」が乖離し続け、
結果、意思と体力を消耗して三年弱で離職した。
辞めたとき、心身ともにぼろぼろだった。
大切なことの多くを、失う事から学んだ。

それから五年余り、実質的に浪人の身として、浮き世をはかなみ、
同時に損なったものの補填をじっくり進めた。
その最中に出会った人には、今でも大変お世話になっている。

25歳で人生の転機を迎えた、それは最後の断絶であった。
それから四年かけて私は生きる力を再生し、
29歳でFORESTLIMITを開業した。今、三年目の営業を続けている。
とりあえずあと半年、が勝負の時なのだと思う。

20代前半の破天荒さを克服しつつある今、
過剰な努力への警戒心は拭えないが、
しかし、25歳からの回復期は今も継続中である。
よって、29歳からの開業は、それまでの放擲や遁走とは
違った局面で迎えている、と最近気付いた。
ならばーーー今少しの努力は確実に必要であるし、
妄執から解放された今のメンタルなら、
ある程度自分が冷静に客観視できる。

だからーーー努力することを恐れてはいけない。
そして努力を惜しまないことも。
なぜなら回復を続けながら25歳から抱いた夢を、
今着実に実現できている、いや実現できる可能性を手に入れている気がする。

勝負は、始まったばかりである。
二年続けて、まだ初心がしっかり残っている。
だから大丈夫なはずだ、おそらく、わからないけど、
わからないことを恐れはしない。
2012.04.20 Friday

未明性にむかって

 カオス、という状態は決して楽しくない。
意味を感じられないし、破壊力の方向性もわからない。
制御されないものに対する「あこがれ」はそれほどない。

「アマルガム」という単語を文化批評においてつかった人間を、
私は強く想起する。間章という人物だ。
彼の生と死は今となっては大きなミステリーであり、
伺いしれるものではないが、
彼が死した年月を生き抜いた人間として、
彼の著作から読み取れる重要なタームとして
私はアマルガムを強く意識しいてる。

カオスが政治を前提としたアナーキズムの政治態度とすれば、
アマルガムは錬金術に属する、科学と芸術が分派する前の
「未明」な技術であり、全能的な思想である。
技術も思考も未分化であった錬金術師達のいかがわしさと
ロマンに私は加担するものであり、
アマルガムな状態を考える私はの脳みそは、
案外クールにさめていて、情報の扱いについて配慮している。

カオス、等という意味不明な言葉に憧れるほど、
私は若くないもないし、偏向した思考回路は極力距離をおきたいと思うのだ。

筆:ナパーム片岡
2012.04.20 Friday

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 今現在、4月20日の朝である。
私は、先日多くの友人とともに素晴らしいイベントを完遂した。
その後、友人と呼べる「酒場」で脳みそを飲みほぐし、そして今に至る。

親密で、嫌みのかけらもなく、まっすぐで、そして楽しく楽しい。
喜ばしき今日のその体験は私だけの「迷妄」かもしれない。
ただ、その現場に美しき「友愛」の精神は横溢ししていたし、
観客と呼ばれる、私のお客様ともその喜びの感覚は共有できたかと思う。
美しき日に乾杯、人の記憶はたよりにならないもので、
ゆくゆくは私も忘れてしまうかもしれない今日のその日の喜びを、
私は真剣に枕に抱いて眠りにつこう。
それは、私が精一杯発揮できる友愛の所作として、
記銘はできないかもしれないけど酔いどれの寝枕として、
喜びを夢へ、夢がやがて理想へ転換し、
希望の光として私の瞳に輝くことを願う。

などといいつつ、酔いどれのあくびのでるような退屈な咆哮であるが、
眠りにつく前に二ついいたいことがある。

今月号の「美術手帖」に、私どものスペースを取り上げていただいた。
至らぬ点ばかり目につく私どものスペースを、美文をもって取り上げて頂いた
ことに大変感謝しております。

ここに至り、「私ども」のスペースではなく、「私」が経営する場所としての
フォレストリミット、「生息圏の限界値」としてのサバイバルポイントとしての
場所=スペースに関し、補足的批判を加えさせて頂きたく、筆を執っている。

まず第一、根本的な話からしよう。
私は、「経営者」として、スペース運営における定石、すなわち可能な限りの
ビジネスにおける戦略を排除しておる。
すなわち、ビジネスにおける、「ターゲットを定め、
そのターゲトに対しブランディングをし、そしてその
ドメインのなかで覇権を握る」というパターン。
これは極力排除したい。

本文中においてオルタナティブスペースは未開発な「市場」を扱うゆえ、
その継続性においては不安定な要素を含むという指摘。
これには一般論として賛成するが、
しかし、転倒していえば、私はそこにおける「未明」性にかけるのであって、
すなわちアプリオリな市場の囲い込みと、その持続可能な発展を可能な範囲で拒否し、
そして市場、あるいはトライブ=文化的部族
にコミットすることを排除している。
しいていうならば不安要素こそが私の快楽であり、そして死なないための可能性である。
よって、その未明性に疑義を呈する事自体が無粋であるし、
そして、それは期待されていない。
「継続」という観点において。

ここで私のスペースの特殊性について話さねばならないが、
その前に一般的な話としてとして、読者諸氏に問いたい!
諸君、「オルタナティブ」なスペースが「百年」続いて「権威」にならぬようならば、
それは本来の意味での第二の選択=すなわち一義的なものを前提とし、その「代替」
を前提とした思考を、内在的に否定するものではるまいか?
それは選択されない未来を夢見る迷妄ではないか?

主流=モードは常に流転するものであるし、よって、
「第二の選択肢」も多様に流転する物である。

健全な社会は、オルタナティブなものが主流を駆逐し、
やがて「主流」になり、やがて「ロートル」になり、そして転覆される
循環にあるのじゃなかろうか?
永遠のオルタナティブなど、「永久機関」と同じく、迷妄の
類いに属する妄想である。
まずその点において、私は本文に置ける100年のロマンチシズムを排除する
側の人間である。

だが、私もロマンを追い求める汗臭い人間である。
よって、私はこのように思う。
「オルタナティブはなくらなない」。
ただし、それはDNAのようなかたちで潜在的に継承されるものであって、
形態として固定されるようなものではない。
よって、固定化されたターゲットも、市場もなく、
ただただ、モードに対するアンチとして存在するのである。
私は、私の店、あるいは私自身が永遠のオルタナであることを
恐怖する側の人間である。

さて、次に私の話をしよう。
美術手帖本稿において、私の店を「アンダーグラウンドを正統に継承する店」
と評された。個人史をたどればそれは正確ではない。
一番アンダーグラウンドに親和性が高いスタッフである
私がいいはるのだから、私の店はアンダーグラウンドの正統性を
継承してはいない。
むしろ、ナパーム片岡の店としてのフォレストリミットは、
アンダーグラウンドな関係性の断絶を前提に思考されている。
前にも書いたが、私の師と呼べる方の死を下敷きに
私はこの店を始めた。
ずーと考えるのだ。私の師が生きていれば、どのように共闘できるのだろう?
だが、私は同時にこのような感覚を常にもっている。
我が師が無くならなければこのような店はやっていいない。はじめてもいない。

継承と伝統の話は、基本的に個人史の連綿たるつながりにおいて
紡ぎだされるファンタジーである。
私は、前提として「継承」を断絶した地点から出発している。
仮にそこに連続性があるとするならば、
それは私の喪失体験からくる、未練がましい、
しかしストレートな欲望と妄想が織りなす「なにかよくわかないもの」、
に軸足を置いている。
私は、継承しているのではない。
私の罪を滅ぼすためにこの店を継続している。
その弔いが完了すれば、私はこの店を別のフェーズに移行させるだろう。
正直にいえば、その兆しは見え始めている。

オルタナティブスペースの永続性に関する疑義と、
個人史としてのアンダーグラウンドの継承について、
以上2点、批判的補足とさせていただきたい。
あとは、読者諸氏、当店のお客様にご判断をお任せする。

筆:ナパーム片岡
2012.04.12 Thursday

カセットの偏差

 カセットテープの事を調べているけど、なかなかディープな世界である。
オープンリールに比べればおもちゃなんだろうけど、
逆にアマチュアの知恵が溢れ返っている。
オープンリールの業務に対する、民政のカセットテープは、
受け入れる側のレベルや環境も多様で、かつマス的支持を受けたため、
環境に大きな偏差があるのだ。

それが実に面白くて、例えばCDであればオーディオ的なレベルの話から
始まるけど、テープに関してはそれ以前のよりエンジニアちっくな
技術を前提としないとならない。テープの性質、ドルビーの性質、
デッキの構造、デッキの品質・・・。それによって封印されている音
(あるいは録音しようとしている音)が無限に化けるのである。
で、その技術は今となっては失われつつある。

テープレーベルを考える時に、ピュアオーディオにおける
カセットテープの多くのアプローチを考えざるを得ない。
ローファイ、と一言で片付けられる代物ではないことはわかった。

リサーチを進めて行くうちに一つ気付いたんだけど、テープデッキが
王座から陥落した後にネットが普及したため、また、テープの衰退は
かなりの速度で進行したため、ネットで話題にならず文献や資料が少ない。

今現在、ピュアオーディオ的に、あるいはテクニカルにカセットにアプローチ
している人はどれほどいるのだろうか?

と、思って、がんばって発信しても受け入れる側の環境はそうとうプアだなと
思い、私はあまのじゃくだから余計燃え立つのである。

ナパーム片岡

2012.04.12 Thursday

カセットレーベル

 カセットレーベル構想が現実味を帯びてきた。

というわけで、以下にメモで勉強用の資料を貼付けておきます。
このようなメモをブログのネタにしよう(笑

現在、機材の最終チェック中。
楽しくなってきた!!

メモはよくわからないDOLBY NR SYSTEMについて。
ようするに、テープのS/Nの悪さを提言させるための、
プラットフォーム化された録音/再生技術みたいですね。
で、それが各デッキに搭載されていた、と。

なんとも不思議なマジナイみたいな世界だな。
ーーーー
DOLBY NR SYSTEMとは 
ドルビーNRシステムは、雑音が耳につきやすい高い周波数帯域の部分を強めて、 
録音し、再生時にその分だけ弱めて元にもどします。 
このときに、テープのヒスノイズも一緒に弱めるため、音質は変化せずに 
弱めた分だけノイズが低減されます(DOLBY B TYPE) 
ドルビーNRシステムには、A B C S SRの5タイプがありAとSRはプロ用 
B C Sタイプは民生用です。Cタイプでは、Bタイプよりも低域から 
ノイズ低減を行い、高域でもBタイプの10dbに対し20dbのノイズ改善を 
行います。Sタイプでは、低域でも10dbのノイズ改善を行い、高域では 
24dbの改善を行います。 
CタイプとSタイプは、アンチサチュレーション(飽和防止)ネットワーク 
回路を採用しています。これは録音時に、高域信号の録音レベルを下げ、再生時 
に下げた分だけ上げて元に戻す回路です。その結果、高域のテープの飽和レベル 
が改善され、低ひずみ効果が得られます。Cタイプの場合、テープの飽和特性 
(SOL)は10kHzで約4db改善されます。Sタイプにはこの回路が2系統あり 
飽和特性は10kHzで約4db 15kHzで約8db改善されます。 
Sタイプは、更にモジュレーションコントロール回路を搭載しており、突発的な 
高域信号が入ってきたときに、ノイズ低減回路が過剰動作することによって 
起こりがちな音質劣化を防ぎます。 
2012.03.12 Monday

カセットカルチャーetc...

 99年当時より以前、まだPCが普及していないから、
インディペンデントな表現を流通させるには、
カセットテープが一番手軽だった。
4trのカセットテープは宅録の最大の武器だったし、
HD搭載のデジタルマルチレコーダーが登場しても、
マスターはカセットテープだったりした。
ほんとうのマスプロはCD以降カセットでのリリースを
やめてしまったし、カセットじた日陰の残物だった。

私は、95年ぐらいからノイズミュージックを聞き始め、
その時点でカセットテープの作品を買うというのは当然の行為だった。

00年代初頭、PCの普及とドライブ性能の向上によって、
CD-Rでの作品流通が増えていった。
CD-Rでの流通は、DTM環境の整備と歩を同じくし、
多くの作家がマスターとしてCD-Rに焼き込んだ作品を流通させていった。

しかし、CD-Rでの作品制作は、
じょじょに下火になっていく。
理由は、CDのプレスが非常に安価になってきたこと。
また、ネットインフラの整備によるインターネットを介した
作品の提供が当たり前になっていたっからだと思う。
(当時から、CD-Rは中途半端なメディアとして馬鹿にされる傾向があった)

さて、現在、インディペンデントな表現の一番簡易的な流通方法は
ネット配信である.その他の選択として、CD-R.CDとくる。
だけど、最近カセットレーベルが再び隆盛してきている。
カセットによるリリースには、他のメディアにはない、
DIYなアプローチが必要になる。
そのDIYというのは非常に重要で、
セルフプロデュースも含め、インディペンデントな活動を
するものにとって、完全手作業によるプロダクト製作というのは
桃源郷のような場所であり、表現と流通が背中合わせでくっついている。

私もテープレーベルを始めたい。

録音→ミックスダウン→マスタリング→
マスター製作→コピー→パッケージング→流通

すべてに配慮し、妥協なき作品製作がしたいと思う。
また、そのノウハウを生かして、一連の作業を完パケで
行うパッケージプランも考えているところだ。

デュプリケーターにはOTARI製を入れた。
マスター製作もTASCAM製の業務機を導入する予定。
どうせなら、、、、

オープンリール路君→卓でミックス→オープンリールでマスター製作
→メタルテープでマスター作成

、、、とフルアナログでの製作もそのうちしてみたいと思う。
また、同時に購入者特典でハイレゾでの音源をDL交付できる仕組みも考えている。
むしろ、ハイレゾ録音を課金配布するためのテープ販売も考えている。

そして、そのレーベル自体は、テープメディアに拘らず、
様々なメディアでの展開を考えている。
2012.02.09 Thursday

呻吟する死生観


 ・・・思えばこの世は常の住みかにあらず
草葉に置く白露 水に宿る月よりなほはやし
金谷に花を詠じ 栄花先(さきだ)って無常の風に誘わるる
南楼の月をもてあそぶ輩も 月に先って有為の雲に隠れり
「人間五十年 化天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり
一度生を受け滅せぬ者の有るべきか」

敦盛ですね。戦国武将の織田信長の逸話に関連して読みました。
信長が好んで朗吟し舞った歌ですが、これが例えば戦の前に、、、
などというシュチュエーションでと想像すると、
かなりロマンを感じてしまいます。

死生観というのは、人生を決する重要な観念だと思うのですが、
具体的に私の場合どうか?といわれても茫洋な考えしか浮かびません。
ただ、例えばこのような舞と言葉が連想されます。
心が静まり、生と死が融和するような、不思議な感覚になります。
予め決められた運命などは信じないのですが、
気付けば運命的であると考えてしまう出会いやエピソードが
多くあって、なにか強い拠り所を節目節目で作って来れたな、
と思います。そして、常に思うのは、それもまた滅する時がくるということです。

ナパーム片岡
2012.02.05 Sunday

若者文化の冷凍保存(メモ)

クラブカルチャーが90年代に日本で開花したものなら、
2000年以降、それはどのように変動してきたのだろう、と考えることがある。

どうも、昨今の20代前半までの若者のなかで、
クラブ遊びというのは、大きなウェイトを占めていないのではないかと考える事がある。

実は、私自身クラブの洗礼をまっとうに受けた口ではなく、
どちらかというと内向的な音楽の世界に向かいつつ、懐古趣味に徹して
いたのだけど、それにしても、今のクラブカルチャーというのは、
そんな私にも高齢化が進んでいるような気もする。
例えば30代前半ぐらいを下部の根幹として、上に向かってスリムになるような構造。
下は28歳ぐらいから下に向かってやはり先ぼそっていく。

音楽ジャンルとクラブ遊びが手を結んでいるなら、
例えばドラムンベースやディープハウスなどのジャンル=シーンが、
収束とともに粉々になり、細分化していき、
「運動」=カルチャー足り得なくなっていっている、そんな感じがある。
(D&Bはビートを解体し、DHは音楽に臨むメンタリティを最大限に拡張した)

エレクトロニカ、IDM、インテリジェントテクノなどでは、
宅録的なビートとグルーブの最先端で、
ダンスを主軸に置かず、ベットルームミュージックのような
”ラウンジ感”を主戦場とし、
ネットワーク上の巨大な仮想のクラブ空間での情報=音のサーフェイスの
交換と交配が繰り返され、
ヘッドフォンのなかで鼓膜がダンスした。

例えば、ディスコ/ナイトクラブは完全に過去のパラダイスだ。
その証拠に、あからさまなリヴァイヴァルが戦略的に
打たれていたりする。
それはそれで蘇生した文化であるのかもしれないけど、
クラブカルチャーは、例えば10年後、そのようなものになっているということは
ないのだろうか?

と、ろくに最近の音楽事情に精通もしていないくせに考えるのは、
単純にクラブ営業時の年齢層が明らかに私と同世代=30代前後に
集中しているからだが、それは、私の店のみの特徴かもしれない。

音楽から若者が離れているのか?と一瞬うがった考え方をしてみたが、
ダンスミュージック以外のジャンル、特にポップスはいまだにユースカルチャーの
ものだし、若い演奏家がどんどんでてきていると思う。

さて、などといいつつ、自分のことを振り返ってみると、
音楽に対する考え方や情熱は、10代後半とさほど変わっていない気がする。
同じように新譜や旧譜を買いあさり、
ライブやフロアでじたばたし、
まるで、音楽に限っては青春まっただ中である、と不覚にも思ってしまう自分がいる。
でも、そのどたばたに多分に「飽き」という邪の心が潜んでいる事も感じている。


さて、先日、そのような話題を甘木氏とお話したが、
なんとなく鍵となるようなお話をされていた。

「今の若い世代は、音楽は当たり前にできて、そのうえで映像やデザインまでしっかりできる」

なるほど、では、例えばダンスミュージック(ハウスを主に)のヴァイナルが
持っている無名性 ーDJによってミックスされることによって出現する
ダンスミュージックという大きな物語ー に組み込まれる”音楽”の無名性は、
野心をもつ若手作家からは、重要視され得ないと考えることもできるのか?

ポップスやロック、ダブなど演奏主体の主体的に音楽に関与し完結する
表現はいまだにユースカルチャーとして活発な気がする。

そういえば、私はダンスミュージックの新譜(ハウスやテクノの12インチなど)は
確かにあまり買わず、ミックスCDは気兼ねなく買っている。
ミックスCDの多くはライセンスがないため、
アンダーグラウンドな流通経路しか持たないが、
ミックスCDのもつDJの作家性には強く惹かれるものがある。

Sound Cloudに音源やリミックスをアップしている作家は数多いと思うが、
その作家が現場に頻繁にでてくるようなことはあるのだろうか?
もちろん、ネット上でも現場でも活発なDJやトラックメーカーは多いし、
知人にも沢山いる、
ただ、深くリサーチしていないので、憶測になってしまうが、
感覚的に(なって申し訳ないけど)ネットソースで充足してしまう心性はないのか?
ヘッドフォン越しの大爆音も体験としてはリアルだが、
サウンドシステムから放出され、暗がりにうごめくクラウドの汗とアルコールと
タバコの臭いを吸い込みなら、前後不覚になるまでステップし続ける体験は、
ヘッドフォーンダンシングとは別種の力を与えてくれる、とやはり思う。

ナパーム片岡
2012.02.05 Sunday

空間デザインの方向性について

 フォレストリミットの内装を少し変えようと画策しています。
二年位継ぎはぎでスペースを作ってきて、
なんとなく熟成気味で飽きたというのが一つ理由としてありますが、
要素が多くなってきたため細部への配慮を怠ってしまい、
乱雑な印象を与えるというのがもう一つの理由。

ディテールへのこだわりは、デザインの基本ですし、
空間デザインにおいても同様でしょう。
よりソリッドに空間をスリムアップし、
汎用性の高さとイマジネーションが働く余地を生みたいと思います。

「機能美」、というのが一つのコンセプトとしてでており、
例えば、要素が多い場合、一つの変更が波及的に広がって
多くの要素の変更を余儀なくされたりします。
よって、運用における融通が効かなくなる。
また、機能以外の脚色がえぐくでると、
スペースのフラットさが無くなってきて、
オルタナティブな要素が逆に減退するという面もあります。
それに関しては、例えば脚色を強める=主張を強めて
スペース自体がオルタナティブである、という方向も
考えられますが、お客様目線で考えれば、
スペースの装飾的な主張よりフラットさを選択したいと思います。

ホワイトキューブと自宅と工場がマッシュアップされた感じでしょうか?

それにあたり、逆に基本的な仕様を決め(できることを限定し)、
使う/使わないで段階を決め、
収納/廃棄の判断をして整頓。
そのうえで、空間をリデザインするという感じです。
その結果シンプルな空間ができ、想定外の利用方法にも、
柔軟に対応できるようになるという回路を考えています。

一方で、”過剰さ”とスペースがもつ霊性みたいなものも考慮していて、
それはどちらかといと形而上的な側面がありつつ、
現象している必要があるので、
部分的な小細工を施してちょっと楽しい発見みたいな仕掛けにできたらなー
と考えています。

ナパーム片岡
2012.02.05 Sunday

雑談:フィールドオブドリームス

映画「フィールドオブドリームス」について雑文です。
ネタバレに近いので、未見の方は読まない事をお勧めします。

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「フィールドオブドリームス」という映画を最近見直しました。
ケビン・コスナー主演のファンタジー。
ある日、農作業中に聞こえた声に、最初は疑いを感じながらも、
やがて導かれるように型破りな行動をとっていく主人公。
アメリカ風俗史(ヒッピーカルチャーや反体制運動)を下敷きに、
ミステリーの薄皮を一枚一枚剥いでいく過程で、
人間関係の軋轢が生まれ、そしてそれを乗り越えていく。
最終的に「父性」との和解を淡々と描く実に滋味溢れる映画です。

(この手のライトファンタジーといえば、
例えば、「メイフィールドの怪人たち」とか、
近いフィーリングの作品が多数あって、
よくTVのロードショーで放映されていたような気もします。)

さて、「フィールドオブドリームス」ですが、
あらためて見返すととても心に響く物語でした。
結果的に、号泣するぐらい心が震えた。

ヒューマンドラマというわれるようなジャンルの映画がもつ、
押し付けがましい人間劇の喧噪もなく、
小気味よい演出でヒューマニズムを丹念に描くのですが、
その演出においても、大文字のアメリカ近代史の(ハリウッド)教科書的
な説明のたぐいもなく実にニュートラル。
”いろいろあった一個人”とその家族、友人の交流と冒険に、
意識外の声という、スピリッチュアルな”啓示”が大きな波乱をもたらします。
ただ、そのスピリッチュアルな啓示が向かう先は、
”ベースボール”という(世界国家)アメリカのスポーツへ向かっていく。
ベースボールを楽しむ国民ならば、あまり色眼鏡でみることなく、
フラットに物語の展開を追えると思います。

(平行して語られる、サリンジャーをモデルにした小説家のチョイスは、
死んだように生きた時間を取り戻す、積極的な回復を願う行為だと感じました。)

この主人公のように”いろいろあった”後にこの映画をみると、
実に感慨深いものがあります。

前回観賞したのは、小学生ぐらいの子どもでしたので、
人生で大きな損失をしたこともないし、
また、庇護される存在だったから、守るべき生活や信条もありませんでした。
だから、あまり映画自体のコンテキストを理解できなかった。
なんとなく、印象に残る映画だったので、
思い立って観てみたのですが、とても心が動かされる作品でした。

このフラットで希薄でありながら、突拍子もないところにロマンを見出す感じは、
ニューリベラリズムの気風を感じます。