2012.09.18 Tuesday

アーティストランスペース?

一つのアイディアに支配されて行動の原理が規定され、それが継続されれば、一つの力になるかもしれないけど、根幹となるアイディアが揺らげば、大きく育った力は揺さぶりを受け、混乱してします。でも、そこ「混乱」こそが、大きな力になるのかもしれない。

すごく観念的な話になってしまうけど、その「力」について意識を向けています。

根本となるものが転覆してしまったら、それは破局だと思います。
根本となるものが揺らぎ続けるなら、日常的な行為や意識は刺激を受けて大きくぶれます。
例えば、柔軟性を持った長い棒の片方の軸を細やかに動かせば、片方の先端は大きくたわむ。
その運動の力について考えている。

明確なコンセプトと原理に従った強固なシステムを反復し続けること。
「強い意志」「明確なビジョン」「揺るがない信念」。
とても大切なメンタリティと思いますが、一方でそれは柔軟性に乏しいとも思う。
美しい力だと思いますが、私はその強い力を持ち合わせていないようです。

私は常に動揺してます。困惑しています。
状況に適応することを考えている。
状況に対する認識が揺らいでいることを意識しています。
違和感や適合できない感情で心は充満しています。

しかしその苦しみは刺激的だったりもする。
心は満たされているのです。苦しみに、悩みに、鬱屈した感情に。
その悪い力に屈しなければ、反発する力を強い力に変えることが出来る気がします。
その反発する力は「強い意志」が乏しければ成立しない。

さて、すべてのモノゴトは裏表があると思います。
鬱屈した感情は憧れの源泉ですし、苦しみなくして希望はありません。
その点で感情は相対的なものです。
「強い意志」の根拠をその相対性のなかに位置づけると、
不思議と喜びが立ち上がってくる瞬間があることを多く経験しました。
多くの要素、人、もの、文脈が入り乱れる「現場」に、明確な原理は存在しないともいえます。

「過剰なほどの努力をして、成果に満足する」
プロセスをひもとくと、(言い訳じみた)上記文章のような心理的なプロセスを
たどって至ったことが多いように感じます。

(相対主義は考えすぎるとニヒリズムに陥りがちだと思います。
ある程度適当にこなすこと=リラックスすることで、
相対主義がニヒリズムという強固で頑迷な妄執に変貌するとう倒錯は起こりません。
相対主義に徹するということかもしれません)

というわけで、うだうだ書きましたが日々楽しいです(笑)
世知辛い世情が続きますが、一緒に「悩むことを」エンジョイしながらなにかをつくりただし続けていきたいですね!!

ナパーム片岡
2012.08.21 Tuesday

作業メモ:マッキーのミキサーを

先ほどの投稿でADATに関して記述したが、これは16chマルチトラックをしたい!という前提でのお話であります。metric halo 2882及びmio consolでは18chまでの同時録音が可能とのことでした。今現在、metric halo 2882を一台修理に出しているため、ADATを利用したマルチトラックレコーディングに関して調べておりました。

さて、ALESISSのADATへ入力された信号をToslink経由でmetric haloに送ることはできました。ただ、この場合、マイク録音での多重録音に関しては各チャンネルにマイクプリアンプが必要になります。といっても、いちいちマイクプリアンプを用意する予算がありません(涙)そこで、あるものを活用する!観点から手持ちの機材を確認していたのですが、単体のマイクプリ以外で考えると、どう考えても手軽なのはミキサー(コンソール)しかありません・・・当店のメインコンソールにはdirect outが付いておりませんので、どうしたものかと思案していたのですが、サブミキサーとして保有しているボロボロの「Mackie cr1604」があった!

先日、とあるエンジニアの方に、マッキーのミキサーのChanel Access(Chanel Insert)は「半差し」でダイレクトアウトになる(ようクリックが付いている)と教わりました。
そこで、さっそくネットでマニュアルを探し読んでみると・・・以下のような仕様になっていることがわかったので、試しにつないでみました・・・すばらしい! 6chマイクプリをゲットしました(笑)

===マニュアルから転載&意訳===

Direct out with no signal interruption to master.Insert only to first "click".

=モノラルのフォンプラグを「半差し」で使うとマスターからもダイレクトアウトからも音がでる。


Direct out with signal interruption to master.Insert all the way in to the second "click".

=モノラルフォンプラグを「しっかり差すと」、ダイレクトアウトからのみ音がでる。


For use as an effect loop.

(TIP=SEND to effect, RING=RETURN from effects)

=インサートケーブルを使う場合、TIPがセンドでRINGがリターンである。


======================

問題はこの「CR1604」の状態が最悪ということ。とりあえずものすごいガリがでているので、分解洗浄にトライしてみようと思ってますが、やった経験がないので手探りの作業になりそうです!!でも楽しみ!

2012.08.21 Tuesday

作業メモ:ADAT のinput routing

ALESISのADATをAudio I/F(metric halo)のCH拡張につかう!の作業メモ

・・・

ADAT(ALESIS / BLACK PANEL)を臨時のAudio I/Fの拡張ボードに使おうと思い、ch1に信号を入力してみたら、Ch3,Ch5,Ch7にも信号がいってしまっていた。これってなんでだろうと英語マニュアルを読んだら以下のような記述が。ようするに仕様でそのようになっており、プラグを差せば連番で遅い方法のchが独自に動くようです。
ですので、とりあえず全Chにフォンケーブルを差してから、5chまで異なった信号を送ったところ、無事メーターで5ch分音声が振れました。
それをメトリックHALOにToslink(S/PDIF)でつなぐと、ALESIS ADATのチャンネル1〜8までが、それぞれMIO CONSOLのADAT Ch3〜11Ch(全8CH)までアサインされ、また録音もできました〜!

以下、マニュアルより転載=====
 ADAT has a switched-jack wiring scheme that makes it possible to use an ADAT even with a 2-output mixer.

Jacks 1, 3, 5, and 7 are normalled together, as are jacks 2, 4, 6, and 8. Anything plugged into input 1 also feeds inputs 3, 5, and 7; anything plugged into input 2 feeds inputs 4, 6, and 8. However,

plugging into any input interrupts the normalization, letting you use that jack by itself. Example: With plugs inserted into inputs 1 and 5, the signal at input 1 also appears at inputs 3 and 7. Input 5’s signal appears only at input 5.

This means that the buss outputs of a two buss board could be plugged into inputs 1 and 2 and routed to track pairs 1-2, 3-4, and 5-6 on multiple passes without repatching cables by engaging the record enable switches for the desired tracks. (On the first pass, enable record on tracks 1-2, on the second, 3-4, and so on). The same applies for a four buss board. The first pass could be routed to tracks 1-4, and the second to tracks 5-8. Using this technique will allow you to selectively route signal to ADAT tracks using only ADAT's record enable buttons and your mixing board's buss assigns.

Note that the unbalanced inputs and balanced inputs can be used simultaneously, but the jack normalling feature is available only on the unbalanced 1/4" phone jack inputs.


故障かと思ったじゃないか!あと、44.1kHzじゃないとmio consolのほうで認識しないのですが、それはADAT側の設定で変更できるのかしらん?ADATだと24bit/48Khzまでいけるはずなのですが・・・。今からもう一度英文マニュアルを読み返します〜。

2012.08.10 Friday

ネタ発見

 更新の頻度がまちまちなナパームブログですが、
久々に更新することにしました。

結構、観念的といいましょうかコンセプチャルなことをアジってばかりですが、
それはそれとしてもう少し具体的に活動報告とか、やってみてわかったことなどを
書いてみたいと思います。

私の仕事はいくつかの種類に分別できますが、
その種類によってやっていることが様々です。
音響に関してだけでもPAやシステムをいじっている時のエンジニア(もどき)の場合、
最近はまっている録音の話、etc....
日々発見や失敗の連続で目が回りそうですが、
その一つ一つに個人的には思い入れがあり、また考えることもある。

仕事に限定しないで考えると、、、
酒飲みモード、酒を出すモード、メニューを考えている時間、
月末に向かって支払いの件で頭を悩ます経営者モード、
映画愛好家としての愚痴、活字中毒であれやこれやと読み散らかした本の数々。

いろいろ広範囲に活動してますが、
結局、ナパーム片岡という人格は一つなわけで、
一つ一つの行動には理由があります。
(でも遠目で観測するとむちゃくちゃに見えるかもしれません)
そんなこんなを具体的に列挙していくだけでけっこう楽しい読みものになるかもしれません。


上に書いたことと繋がるかもしれませんが、
最近「業務日報」を付け始めました。
会計関連は別ノートで記録しているため、
こちらの日報に書くのは行動記録がメインです。
なにを行ったか、それを箇条書きにします。

ただの日記じゃないか、といわれそうですが、
日記は多くの場合、物語のように記述されます。
その物語をしちゃうところは少し余分なんですよね。
天候が晴れか雨かのレベルで活動したことや食べたもの会った人
を記述するだけで、思い出される「個人的なこと」があれば
それは自分の楽しみとして勝手に妄想したいなぁと思います。
その個人的な妄想や回想のなかで重要だなと自分で思えることは、
文章にしてこのブログに投稿していきたいと思います。
あとこの日報は嫁と共有してまして、
時間がすれ違いがちな最近の生活のコミュニケーションとして
活用しています。

では、今後はもう少し頻度をあげて、活動紹介など交えながら更新していきたいと思います。

ナパーム片岡
2012.07.27 Friday

バーチャんち

久々に帰郷した。
祖母が住まう家に泊まった。
祖母はもう結構な歳だ。
だから、しょうがない。
老化を感じるのはしょうがない。
だって年老いているし、そしてそれは摂理にかなっていることだから。

ただ、私は人の老化を、例えば身体的な制約、
記憶力などの低下等、身体的な側面や見た目で感じるものだと思っていた。
もちろん、私の祖母は杖を付いて歩いているし、
ふしふしの会話で多少認知症の徴候も垣間みれる。 
ただ、もっとも祖母の老いを感じたのは、
宿泊させてもらった実家の、臭いや雰囲気からだった。

祖母は(大抵の老人がそうであるように)大変、掃除をとても
しっかりし、健全な料理をつくり、そして趣味の書道をたしなむ。

一年前は家の雰囲気から祖母の老化を感じることはなかった。
ただ、今は家の家具や細かいモノの収納に、
老いの徴候を感じ取れてします。

どことなく脂臭い臭い。テーブルは少しべたついている。

思うように掃除ができない体なのだろう。
私は、直接的にコミュニケーションのなかで老化を感じることより、
そのような間接的な要素で老化を感じるのが、
少しだけ悲しかった。
このような物言いは不適切であるかもしれないが、
家自体が老化し、そして人生の晩秋に向かい、少しずつ調和が
壊れてきている。

ナパーム片岡
2012.06.13 Wednesday

K7 project!!!!

 こんにちは、ナパームです。

現在、私はカセットレーベルを初めまして、いろいろ企画したりレコーディングしたりしてます。

私のレーベルは完全DIY、すなわち、企画〜録音〜ミックス〜マスタリング〜マスターテープ作成〜デュプリケート〜パッケージまでforestlimitをスタジオにしてすべて自前でやるというプロジェクトです。

そこで、カセットテープ製作に関わる多くの疑問点、謎なポイント、身につけたテクニックなどがありまして、その情報をシェアしたいな、と考えております。

カセットテープレーベル主催の方、カセットでテープをリリースしたい作家さん、テープマニアで知識を伝授して頂けるマニアの方、テープメーカーの方、などなどが寄り合い、実践的な会議がしたいな、と思います。

例えば、マスターテープ作成について、最良の方法を探ります。
データでマスタリングしたものに近づけるのか or テープ特有の音質を優先し、それ用のマスターテープ作成を目指すのか???などなど、ドルビー、エンハンサー、コンプ、EQ、マスターレコーダーなどの設定をいじりながら、細かいけどとても重要なことをいちいち試しながら確認して行く作業、、、、などをしたいと思ってます。

デュプリケーターの種類やテープの種類による音質の差異、なども探求したいですね。

あと、例えば国内、国外のテープ配給会社、パッケージ会社、テープコピー会社に発注した経験がある場合、その情報とかを知りたいです。自分の理想と近かったか、遠かったか、それはどう違ったのか?などなど。

そんなカンファレンスというか、合宿的な企画に興味がある方は是非下記までご連絡下さい。失われた知恵が多く埋没するテープカルチャー、単純にローファイとは言い切れないオーディオマニア的遺産、プロダクトに関するナレッジを掘り起こそうじゃありませんか。

よろしくです。

info@forestlimit.com
ナパーム片岡



2012.06.13 Wednesday

K7 project!!!!

 こんにちは、ナパームです。

現在、私はカセットレーベルを初めまして、いろいろ企画したりレコーディングしたりしてます。

私のレーベルは完全DIY、すなわち、企画〜録音〜ミックス〜マスタリング〜マスターテープ作成〜デュプリケート〜パッケージまでforestlimitをスタジオにしてすべて自前でやるというプロジェクトです。

そこで、カセットテープ製作に関わる多くの疑問点、謎なポイント、身につけたテクニックなどがありまして、その情報をシェアしたいな、と考えております。

カセットテープレーベル主催の方、カセットでテープをリリースしたい作家さん、テープマニアで知識を伝授して頂けるマニアの方、テープメーカーの方、などなどが寄り合い、実践的な会議がしたいな、と思います。

例えば、マスターテープ作成について、最良の方法を探ります。
データでマスタリングしたものに近づけるのか or テープ特有の音質を優先し、それ用のマスターテープ作成を目指すのか???などなど、ドルビー、エンハンサー、コンプ、EQ、マスターレコーダーなどの設定をいじりながら、細かいけどとても重要なことをいちいち試しながら確認して行く作業、、、、などをしたいと思ってます。

デュプリケーターの種類やテープの種類による音質の差異、なども探求したいですね。

あと、例えば国内、国外のテープ配給会社、パッケージ会社、テープコピー会社に発注した経験がある場合、その情報とかを知りたいです。自分の理想と近かったか、遠かったか、それはどう違ったのか?などなど。

そんなカンファレンスというか、合宿的な企画に興味がある方は是非下記までご連絡下さい。失われた知恵が多く埋没するテープカルチャー、単純にローファイとは言い切れないオーディオマニア的遺産、プロダクトに関するナレッジを掘り起こそうじゃありませんか。

よろしくです。

info@forestlimit.com
ナパーム片岡



2012.05.11 Friday

私がリーマンだった頃

齢30オーバーになって、昔のことを思い出すことが少しずつ増えてきた。
極自然に思い出せるーーー当時の鮮烈なで激烈な感情は薄れ、
そして淡い情景を映画のスクリーンでみるような、
いや、映画ってほどちゃんとしたもんじゃない、深夜に垂れ流している
通販番組を眺める気だるさと呑気さで、昔のことを思い出す。
そこに、私の生き様の、少しだけ破天荒だった人生に、自然と触れる事ができる。

あれほど嫌悪していた連続性に対する思いは今となって変わりつつある。
事業を初めて二年強、いままでのスケールでは、すでに破局へ向かっている時期ではあるが、
しかし、今一度自分の心を鑑みれば、続ける事の意義について、
あれこれ戸惑いながらも前向きに検討できる気がしている。


個人的な美学、などと20前後の若造が思い抱いた妄執としてーーー
破天荒さ、荒唐無稽さ、破滅への憧憬、連続性への嫌悪、
などなどを信条としてぶちあげ、結果、一所に三年所属したことはなく、一つの連続した物語を
三年継続して紡ぎだした事もなく、常に断絶と破壊衝動へ思い入れを持ちながらも、
時としてファナティックまでの情熱と執着が限度を振り切るまで炸裂し、
その結果やはり三年が行動に一貫性を持たせる限度であり続けた。

放擲と癒着、この両極端の行動と心性が同居した結果、どれをとっても、いずれにしろ、
三年で破局を迎えた。
大なり小なり、すべて破局、破産、そして後味の悪い遁走。

そんな無頼然とした十代終わりから20代中頃まで、
一度目の大学を追い出され、路頭に迷いながら拾われたレコード屋を一年で
飛び出し、とある縁に導かれ、サラリーマンをしていた。
厳密には、サラリーマンではない、2000年初頭、世はITバブル、
「業務委託」であったが、今のような非正規雇用の「悲話」は今ほど深刻ではない。
企業にとっては正社員雇用のリスクは当時も今もかわらず、
非正規雇用の業務委託は、合法的で健全な妥協点であった。と思う。
具体的には、私のような野良犬にとっては金銭的な待遇で十分恩恵を得ていた。

20代始め〜中盤まで非正規雇用として、
私はさる事業において法人営業職に奉職していた。
今はなきその事業体、私が努めていた当時から苦戦はしていた。
そもそもの事業計画が甘かった、と若造の私でも分かった。
だから、仕事は苦戦の連続である。
今思えば、そこそこ成功したITベンチャーであったが、
塵と消えた今では、夢幻のごとくなり、である。

私は、そこで「事業」の楽しさも苦渋も、与えられた職権の範囲で痛感した。
Jあるとき、そうだ就業してから三ヶ月目ぐらいだろうか、部長に呼び止められ
「事業は楽しいでしょ?」といわれた。「会社は利用してなんぼ」の精神も
教わった。生き馬の目を抜く苛烈な覇権合戦、
明確なビジョンと、それを実現するタフネスが重要だった。
私も、若造なりに奮闘したが、今思い返せば赤面してしまうような、
「青いばかりの情熱」と、一方で「思い通りにならない現実」が乖離し続け、
結果、意思と体力を消耗して三年弱で離職した。
辞めたとき、心身ともにぼろぼろだった。
大切なことの多くを、失う事から学んだ。

それから五年余り、実質的に浪人の身として、浮き世をはかなみ、
同時に損なったものの補填をじっくり進めた。
その最中に出会った人には、今でも大変お世話になっている。

25歳で人生の転機を迎えた、それは最後の断絶であった。
それから四年かけて私は生きる力を再生し、
29歳でFORESTLIMITを開業した。今、三年目の営業を続けている。
とりあえずあと半年、が勝負の時なのだと思う。

20代前半の破天荒さを克服しつつある今、
過剰な努力への警戒心は拭えないが、
しかし、25歳からの回復期は今も継続中である。
よって、29歳からの開業は、それまでの放擲や遁走とは
違った局面で迎えている、と最近気付いた。
ならばーーー今少しの努力は確実に必要であるし、
妄執から解放された今のメンタルなら、
ある程度自分が冷静に客観視できる。

だからーーー努力することを恐れてはいけない。
そして努力を惜しまないことも。
なぜなら回復を続けながら25歳から抱いた夢を、
今着実に実現できている、いや実現できる可能性を手に入れている気がする。

勝負は、始まったばかりである。
二年続けて、まだ初心がしっかり残っている。
だから大丈夫なはずだ、おそらく、わからないけど、
わからないことを恐れはしない。
2012.04.20 Friday

未明性にむかって

 カオス、という状態は決して楽しくない。
意味を感じられないし、破壊力の方向性もわからない。
制御されないものに対する「あこがれ」はそれほどない。

「アマルガム」という単語を文化批評においてつかった人間を、
私は強く想起する。間章という人物だ。
彼の生と死は今となっては大きなミステリーであり、
伺いしれるものではないが、
彼が死した年月を生き抜いた人間として、
彼の著作から読み取れる重要なタームとして
私はアマルガムを強く意識しいてる。

カオスが政治を前提としたアナーキズムの政治態度とすれば、
アマルガムは錬金術に属する、科学と芸術が分派する前の
「未明」な技術であり、全能的な思想である。
技術も思考も未分化であった錬金術師達のいかがわしさと
ロマンに私は加担するものであり、
アマルガムな状態を考える私はの脳みそは、
案外クールにさめていて、情報の扱いについて配慮している。

カオス、等という意味不明な言葉に憧れるほど、
私は若くないもないし、偏向した思考回路は極力距離をおきたいと思うのだ。

筆:ナパーム片岡
2012.04.20 Friday

ALT.space?????

 今現在、4月20日の朝である。
私は、先日多くの友人とともに素晴らしいイベントを完遂した。
その後、友人と呼べる「酒場」で脳みそを飲みほぐし、そして今に至る。

親密で、嫌みのかけらもなく、まっすぐで、そして楽しく楽しい。
喜ばしき今日のその体験は私だけの「迷妄」かもしれない。
ただ、その現場に美しき「友愛」の精神は横溢ししていたし、
観客と呼ばれる、私のお客様ともその喜びの感覚は共有できたかと思う。
美しき日に乾杯、人の記憶はたよりにならないもので、
ゆくゆくは私も忘れてしまうかもしれない今日のその日の喜びを、
私は真剣に枕に抱いて眠りにつこう。
それは、私が精一杯発揮できる友愛の所作として、
記銘はできないかもしれないけど酔いどれの寝枕として、
喜びを夢へ、夢がやがて理想へ転換し、
希望の光として私の瞳に輝くことを願う。

などといいつつ、酔いどれのあくびのでるような退屈な咆哮であるが、
眠りにつく前に二ついいたいことがある。

今月号の「美術手帖」に、私どものスペースを取り上げていただいた。
至らぬ点ばかり目につく私どものスペースを、美文をもって取り上げて頂いた
ことに大変感謝しております。

ここに至り、「私ども」のスペースではなく、「私」が経営する場所としての
フォレストリミット、「生息圏の限界値」としてのサバイバルポイントとしての
場所=スペースに関し、補足的批判を加えさせて頂きたく、筆を執っている。

まず第一、根本的な話からしよう。
私は、「経営者」として、スペース運営における定石、すなわち可能な限りの
ビジネスにおける戦略を排除しておる。
すなわち、ビジネスにおける、「ターゲットを定め、
そのターゲトに対しブランディングをし、そしてその
ドメインのなかで覇権を握る」というパターン。
これは極力排除したい。

本文中においてオルタナティブスペースは未開発な「市場」を扱うゆえ、
その継続性においては不安定な要素を含むという指摘。
これには一般論として賛成するが、
しかし、転倒していえば、私はそこにおける「未明」性にかけるのであって、
すなわちアプリオリな市場の囲い込みと、その持続可能な発展を可能な範囲で拒否し、
そして市場、あるいはトライブ=文化的部族
にコミットすることを排除している。
しいていうならば不安要素こそが私の快楽であり、そして死なないための可能性である。
よって、その未明性に疑義を呈する事自体が無粋であるし、
そして、それは期待されていない。
「継続」という観点において。

ここで私のスペースの特殊性について話さねばならないが、
その前に一般的な話としてとして、読者諸氏に問いたい!
諸君、「オルタナティブ」なスペースが「百年」続いて「権威」にならぬようならば、
それは本来の意味での第二の選択=すなわち一義的なものを前提とし、その「代替」
を前提とした思考を、内在的に否定するものではるまいか?
それは選択されない未来を夢見る迷妄ではないか?

主流=モードは常に流転するものであるし、よって、
「第二の選択肢」も多様に流転する物である。

健全な社会は、オルタナティブなものが主流を駆逐し、
やがて「主流」になり、やがて「ロートル」になり、そして転覆される
循環にあるのじゃなかろうか?
永遠のオルタナティブなど、「永久機関」と同じく、迷妄の
類いに属する妄想である。
まずその点において、私は本文に置ける100年のロマンチシズムを排除する
側の人間である。

だが、私もロマンを追い求める汗臭い人間である。
よって、私はこのように思う。
「オルタナティブはなくらなない」。
ただし、それはDNAのようなかたちで潜在的に継承されるものであって、
形態として固定されるようなものではない。
よって、固定化されたターゲットも、市場もなく、
ただただ、モードに対するアンチとして存在するのである。
私は、私の店、あるいは私自身が永遠のオルタナであることを
恐怖する側の人間である。

さて、次に私の話をしよう。
美術手帖本稿において、私の店を「アンダーグラウンドを正統に継承する店」
と評された。個人史をたどればそれは正確ではない。
一番アンダーグラウンドに親和性が高いスタッフである
私がいいはるのだから、私の店はアンダーグラウンドの正統性を
継承してはいない。
むしろ、ナパーム片岡の店としてのフォレストリミットは、
アンダーグラウンドな関係性の断絶を前提に思考されている。
前にも書いたが、私の師と呼べる方の死を下敷きに
私はこの店を始めた。
ずーと考えるのだ。私の師が生きていれば、どのように共闘できるのだろう?
だが、私は同時にこのような感覚を常にもっている。
我が師が無くならなければこのような店はやっていいない。はじめてもいない。

継承と伝統の話は、基本的に個人史の連綿たるつながりにおいて
紡ぎだされるファンタジーである。
私は、前提として「継承」を断絶した地点から出発している。
仮にそこに連続性があるとするならば、
それは私の喪失体験からくる、未練がましい、
しかしストレートな欲望と妄想が織りなす「なにかよくわかないもの」、
に軸足を置いている。
私は、継承しているのではない。
私の罪を滅ぼすためにこの店を継続している。
その弔いが完了すれば、私はこの店を別のフェーズに移行させるだろう。
正直にいえば、その兆しは見え始めている。

オルタナティブスペースの永続性に関する疑義と、
個人史としてのアンダーグラウンドの継承について、
以上2点、批判的補足とさせていただきたい。
あとは、読者諸氏、当店のお客様にご判断をお任せする。

筆:ナパーム片岡