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2012.09.18 Tuesday

アーティストランスペース?

一つのアイディアに支配されて行動の原理が規定され、それが継続されれば、一つの力になるかもしれないけど、根幹となるアイディアが揺らげば、大きく育った力は揺さぶりを受け、混乱してします。でも、そこ「混乱」こそが、大きな力になるのかもしれない。

すごく観念的な話になってしまうけど、その「力」について意識を向けています。

根本となるものが転覆してしまったら、それは破局だと思います。
根本となるものが揺らぎ続けるなら、日常的な行為や意識は刺激を受けて大きくぶれます。
例えば、柔軟性を持った長い棒の片方の軸を細やかに動かせば、片方の先端は大きくたわむ。
その運動の力について考えている。

明確なコンセプトと原理に従った強固なシステムを反復し続けること。
「強い意志」「明確なビジョン」「揺るがない信念」。
とても大切なメンタリティと思いますが、一方でそれは柔軟性に乏しいとも思う。
美しい力だと思いますが、私はその強い力を持ち合わせていないようです。

私は常に動揺してます。困惑しています。
状況に適応することを考えている。
状況に対する認識が揺らいでいることを意識しています。
違和感や適合できない感情で心は充満しています。

しかしその苦しみは刺激的だったりもする。
心は満たされているのです。苦しみに、悩みに、鬱屈した感情に。
その悪い力に屈しなければ、反発する力を強い力に変えることが出来る気がします。
その反発する力は「強い意志」が乏しければ成立しない。

さて、すべてのモノゴトは裏表があると思います。
鬱屈した感情は憧れの源泉ですし、苦しみなくして希望はありません。
その点で感情は相対的なものです。
「強い意志」の根拠をその相対性のなかに位置づけると、
不思議と喜びが立ち上がってくる瞬間があることを多く経験しました。
多くの要素、人、もの、文脈が入り乱れる「現場」に、明確な原理は存在しないともいえます。

「過剰なほどの努力をして、成果に満足する」
プロセスをひもとくと、(言い訳じみた)上記文章のような心理的なプロセスを
たどって至ったことが多いように感じます。

(相対主義は考えすぎるとニヒリズムに陥りがちだと思います。
ある程度適当にこなすこと=リラックスすることで、
相対主義がニヒリズムという強固で頑迷な妄執に変貌するとう倒錯は起こりません。
相対主義に徹するということかもしれません)

というわけで、うだうだ書きましたが日々楽しいです(笑)
世知辛い世情が続きますが、一緒に「悩むことを」エンジョイしながらなにかをつくりただし続けていきたいですね!!

ナパーム片岡
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