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2012.02.04 Saturday

オルタナティブスペース!?


---イベントスペースとして

フォレストリミットは、イベントスペースとして出発し、
いまもそうです。
イベントを運用するたびに、試行錯誤の連続で、
システムを増強したり、逆に間引きしたり、オペレーションを
の改善策を練ったりやることが沢山あります。

そんなごたごたがありますが、イベントスペースとしての基礎要件として、
私どものスペースは「カテゴライズされない立場」を
宣言するという「矛盾」を命題にしています。

----混沌の先にあるもの

以下、店主のナパーム片岡個人のバックボーンを基点に、
店主が考えていることをお伝えしたく筆を進めます。

例えば90年代中盤のスカム(カルチャー)が持っていたような、
混沌を混沌として提示する(所作をとる)ということに
シンパシーを感じます。ナパーム片岡の文化体験として、
スカムカルチャーは原風景として鮮烈に時代の空気として記憶に残っています。
記憶のなかで、むちゃくちゃするなぁというのが、とても心地よかった。

そのスカム感を現在の状況下で、現実の場所に適用したら?
大きな理念が致命的に喪失した時代において、理念的な象徴を持たない
集団が活動するにあたり、
未分化の混沌以外になにが提示できるのか?と問われれば、
私はそこに美的な判断、しかも一筋縄ではいかない、
過剰で、衝動を駆り立てられ、会場内でうける体験に
イマジネーションの種に火をともすような強度をもった美的な判断が
介在し、また示すことができると考えます。

たとえば、多くのケオティックな活動が、享楽的である点において、
私たちとはことなります。活動の原理が異なると感じます。

具体的には「快楽」はシンパシーを簡単に感じることができます。
これは「〜と比較して」という相対論的立場で申し上げるのですが、
美的な判断(審美感)に比べ、快楽という行動原則はより生に根源的
であるが故に、シンプルで共有可能になります。

私はカオスに快楽を覚える事を第一義にしません。
快楽の熱風に煽られ、資産(といえば大げさですが、
お財布に入ってる数千円とか)や時間を蕩尽することは、
結果として時に反動的でさえあると思います。

美意識や、美意識の根底に流れる感覚は、
強烈に支持するものと「それ以外」を峻別します。
しかし、美的であるかどうかの判断は、
極めて複雑な心理と意識、体調などの組み合わせによって、
その積算的な経験則や強く信じる力(信仰だとか政治的理念とか)に
則って成り立ちます。
複雑な過程を踏んで、シンプルな結果になる。
その時、そのシンプルさは非常に強靭でストイックなものになります。
それは享楽第一から生み出されるシンプルな衝動とはまったく異なります。

---場所の定位

フォレストリミットは、多くの可能性を孕んだ場所でありたいと思います。
同時に、結果として最高の体験を提供できるようにしたいです。
その二つのテーゼの間にある多くの作業や仕事に対し、
慎重な判断と大胆な行動で対処し、複雑さを孕んだシンプルな
結果を残したいと思います。

理念なき運動にさしあたり必要なのは、
知恵をかき集める事よりも、
美的な判断を巡るストラッグルです。

わかる/わからない、という思弁的な序列、
きもちいい/きもちわるい、という生理的な序列、
美しい/醜い、という感覚的な序列、
どれも重要ですが、さしあたり
感覚的な序列を優先しています。
感覚には、多くの次元が異なる要素が複合的に介在し、意思決定するにあたり、
その決定の根拠を豊かにします。
その豊かさ=カオスにこそ、フォレストリミットの基本的な原理があると考えます。

ナパーム片岡
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