2014.07.25 Friday

ドーパミン放出、観念と現場感覚。

やや、久しぶりの更新です。

少し文章書く気分ではなかった。

まぁたいした文章も書かないんだけど。

最近は、一時期あった混乱した脳みそがオーバーフローして、

いったんシンプルに物事を考えようと思います。

基本、激情が先攻してついアグレッシブなことを書いてしまうけど、

それも煮詰まるし、ちょっと恥ずかしくなって切腹したくなる。
いまは少し平常心じゃないので、また恥ずかしい文章を書いてしまうな。

そもそも結論に至迄の筋道は迂遠にすぎ無駄なこともたくさん考えている。

でも考えすぎることは重要だとは思います。

ただ、その重要さが生きているのは、ただただ観念の放逸に任せて

なげやりかつ現実と乖離したことを多く考えてしまい、

それはそれで行動の原理的な衝動を喚起してくれたり、

あるいは企画の種になるアイディアも熟成されるのだけど、

しかし、行動に写し、現場感覚とすりあわせなければ、

悪い意味で絵空事になってしまう。

だので、形而上学的、過度な観念的な思弁と饒舌は重要なんだけど、
現場感覚とすりあわせて、爆発的な力、現場の爆発力と持続可能な
ビジョンが立ち上ってくるものだと思います。

酔いどれて妄想し、しらふでシビアな現場をこなすことで、
パーティだとかライブにとてもリアリティーが発生するものだと愚行している次第です。

行動第一の現場主義は往々にしてビジョンを狭くしたり、
とても狭い視野に呪縛されてしまうことになる場合が多い。

理念を考え抜き、そして現場をまじめにこなすこと。
片方だけでもだめで、両方おろそかにしたらforestlimitの
レゾンテートルを見失ってしまうかな、と四年やって気軽に思えるようになった。

そのバランス感覚を経済的なやりくりや、
アートシーンに与える影響力などを加味し、
バランスを重視したいです。

ま、時には突き抜けてアホなこと=パーティーの熱量に耽溺することも必要で、
その火事場の馬鹿力的なアドレナリン大爆発なカオスをどうしても欲してしまう。

それはそれで、ケースバイケースで遊んでいきたいです。財政破綻しない範囲で。

店主/ナパーム片岡
2013.11.26 Tuesday

DVDオーディオ(汗)

近所のリサイクルショップにて格安のPioneer DV-S9というDVDプレイヤーを発見したので購入した!お持ち帰りのタクシー代より安い。

DJブースに設置しないCDPをずっと欲しくて、本来は業務機のCDPを狙っているのですが、以前DVDPのCD再生について調べていた時この機種が音質面のアドバンスで話題にあがっていた。

それを覚えていて、しかもめちゃくちゃ安い、保証付きとなるともう欲しくてしょうがなくなって買ってしまった。

んで、今日初めて使ってみました。正直、CDPの比較をこれまで数回しか行ってこなかったので完全主観でインプレッションを書くほど理解していない(笑)

ですのでUREI/CDJと比較しました。
DV-9SはアナログアウトをいったんプリアンプのCROWN IC-150につなぎ、TASCAMのアンバラ/バランスコンバーターを介して卓へ送りました。

まぁ、、、当然ですがハイファイなのはDV-S9です。
いい音、、、なんですよ。DVDPの転用だと思えばハイファイ路線の
CDPを格安ででに入れたと思えて満足。
同時にUREIを介したCDPの、心地よくナローで説得力のある出力には脱帽しました。
音をじっくり聞くならDVDPを選択しますが。

んで、いま思い立ってDV-9Sをトラポにして私が普段DACとして使っている
MindPribt社DI-PORTをDACとして使ってみました。
さらに音に勢いがでた。スイートさがとれてぱっつりした感じですね。
これはこれで楽しい。
※DV−9Sは単体でDACとして機能する仕様なのでそれも試してみたい。

機材費がかさむのでつぎはぎで試行錯誤してみてます。
こういう邪道をいくオーディオ道も楽しいことであるなぁ。

【メモ】
CDRをDV-9Sに入れてみると・・・吐き出されてします。
どのCDRもだめ。CDRでリリースされた音源も一杯買うのでこれは悲しい。
調べてみたところ、以下の理由でCDRが読み込めないとのこと。
結論からいうとDVD専用機はレーザーの照射距離によってRが読めず、RWは別の形式で記録しているので読める場合が多い、、、とのこと。

・CD-Rは色素による記録を行っており、色の違いによって0,1を形成するため、読み取りレーザがCD用の790nm付近でないとうまく読めない。
・CD-RWの場合、相変化記録(結晶質・非晶質)を用いており、反射率によって0,1を形成するため、読み取りレーザの波長にあまり依存しません。その為、630nm付近のDVD用レーザしか搭載していない機種でも読むことが出来る。

やっぱ、いずれCDPを買うしか無いな(でもいまさらCDPに気合いを入れるのもどうかと思う。リッピングをしっかりしてPCオーディオのほうが安上がりで楽しい!)。

しかし、2,000円ぐらいでこんな遊べて大満足っす。
2013.03.12 Tuesday

デバイター

ALTEC A7のオリジナルネットワークとメインコンソールの相性が悪いように感じたため、思い切ってチャンネルデバイターをフロントのA7に導入した。
といっても手持ちの機材の使い回しなんですが。
デバイター導入後は調整の幅が広がったので苦労半分楽しさ半分ですね。
試行錯誤のなかでとても多くのことを理解できたような気がします。

アンプとデバイターの都合から、持ち出し用のアクティブサブウーファーを
使っているのですが、サブウーファーの扱いはとてもシビアな調整を
要求されることを改めて確認させられました。

とりあえず今耳をたよりに調整をしているのですが、
重要なポイントは基準となるdB数を決めることですね。
音の大小によって耳の反応が変わってくるので、
ベースとなる音量を決めないと軸がぶれぶれになります。
そのあたりのポイントをいま探っています。

音が大きければいいサウンドシステム、というわけではないと考えているので、
質を優先した上でどこまで音量が確保できるかチャレンジです。

当店のサイズ感からいって90dB〜95dBが気持ちいい感じなのかなと
ぼんやり考えてます。

ナパーム
2013.02.28 Thursday

ナパーム片岡プロフィール

 ナパーム片岡

書いてみたので掲載します。お仕事下さいw
バンドデモの作成、スタジオワーク、イベント企画/ブッキング/製作
DJでは辺境音楽を中心にスピン。

info@forestlimit.com


forestlimit店主

1980年静岡生まれ

武蔵野美術大学&多摩美術大学中退
大学での専攻は情報デザインと詩学

ノイズ専門レコード店勤務、プレイガイド勤務の後、2011年forestlimit開店。
仲間とともに国内外のマイナーアートを紹介&発信し続けている。
2012年、DIYメディアレーベルgrayfield設立。

90年代中盤よりノイズミュージシャンとして活動を開始、
間欠的に音源リリース、ライブ活動を行っている。
伝説的なインディーノイズ雑誌にも一時期積極的に係わっており、
音楽的なバックボーンはノイズミュージックで、
文化的なバックボーンはサブカルチャー及びスカムカルチャーである。
結成バンドはZOOL GELとのgore-gore boys、
個人名義でのpezica、DJ(暗黒選曲家)としてはナパーム片岡として活動。

バーテン仲間のtanadai氏とJack the Ripperとして活動予定。

forestlimitにて自ら設計したサウンドシステムにてハウスPA、
また同所を拠点に録音&マスタリングエンジニアリングを行っている。
近年、JBLビンテージシステムを利用した外部サウンドシステムの提供も行う。

【スタジオワーク】
・沼日和 / "imaginary 魔ndscape-"
・COMPUMA / "SOMETHING IN THE AIR"
・COMPUMA / "MAGNETIC -exploring the future of funk in the universe-"
・COMPUMA / "EYESCREAM.JP Mix Archives #19 2013.1"

・nukeme band / "a long vacation" (grayfield)
・sungung / “sungang” (grayfield)

coming soon…!
・ザ・ムンズ casset
・カッパ casset
・長谷川真子×口琴奏者らるふ casset
・アコースティックミュージックコンピレーション casset
・コロリダス(レコーディング担当)
・恋のパイナップル(レコーディング、ミックス、マスタリング担当)

【ハードコアワークス】
・culi - "culi"

【ライブレコーディング音源(LIVE REC)】
・KLEPTOMANIAC / "ANGRY REQUIEM"
・千野秀一エレクトリック・トリオ / 1st
・根本敬 / "愛駅"
・Coffee & Cigarettes Band / "Sessions - Live at Forestlimit"
・VA / "Playback" Fuyma Yousuke,Bisk,Aen

【専属PA】
ハウスデムジカ at 立川X-area
座敷デムジカ at 立川競輪場内 座敷

【サウンドシステム】
dublab.jp "Feuter Roots" at 芝浦ハウス

各種Ustストリーミング向け配信多数。

以上
2012.12.08 Saturday

モノ作り

 パッケージ商品を作り続けたいと思っている。
それも小規模でかなりの速度でのリリースを検討している。
私たちの価値観、リアルな感覚を提示するには、
やはりモノ作りが絶対必要なのである。
良いモノを良いですよ、と提示する普遍的な欲望を素直にだしきる。

速度と量こそが重要で、ノリが良く、テンポも良く、時流に対して
カタログ全体で勝負するようなリリース媒体。

研ぎすまされ考え抜かれ手作業が膨大にかかるものというより、
もっと軽やかでイージーなものを考えている。具体的には以下の通りだ。

CD-R、限定10部、隔週リリース、フォーマットに準じた制作。ライナーノーツ付き。
これが一つの枠組みである。その際考えうる質に対するこだわりだけど、
カタログ全体で方向性と質が見えるような感じ、
DJのネタに使えるような・・・ちょっと聴いた時に少し印象に残るような。

同時にforestlimitが持っている「現場」と「商品をつくること」を
クロスさせる。そのスキームについてはぼんやり頭の中で作れた。

一方で、grayfieldを本格始動させる。これはもうほんとうにやりたい。
録りためたタイトルだけで三つある。もうすぐにでも出したい。
だからすぐ動く。そして出す。営業もかけ、販路も開拓し、
流通の信頼を得て、そして回していく。

grayfieldは乱打戦である。「現在の表現」を限りなくタイムロスなくメディア化していく
枠組みでありシステムだ。
例えば・・・ファクトリーレコードが持っていた先鋭的で自由な気風、
テープクラーが持っていた神秘的なDIY感、これが指針である。

そのすべてのタイトルについて、PVやCMなどの映像媒体での
告知方法も企画中だ。

forestlimitはイベントスペースとパーティスペースの両方の軸を
バランス良く配分して刺激的な場所にしたいと感がえている。
ブッキングが急務の課題である。
その際の指針もなんとなく頭に浮かんだ。

思うのだけど、「伝説のパーティ」とやらが多過ぎる。
やがて煮詰まってくる現場主義と、軽薄なコンテンツビジネスの狭間に、
forestlimit節ともいえる一本のアンカーを打ち込んで、
そこをベースに現場とコンテンツを行き来しながら先を目指していく。

そんな感じのことをぼんやり考えている。

ナパーム片岡
2012.12.08 Saturday

モノ作り

 パッケージ商品を作り続けたいと思っている。
それも小規模でかなりの速度でのリリースを検討している。
私たちの価値観、リアルな感覚を提示するには、
やはりモノ作りが絶対必要なのである。
良いモノを良いですよ、と提示する普遍的な欲望を素直にだしきる。

速度と量こそが重要で、ノリが良く、テンポも良く、時流に対して
カタログ全体で勝負するようなリリース媒体。

研ぎすまされ考え抜かれ手作業が膨大にかかるものというより、
もっと軽やかでイージーなものを考えている。具体的には以下の通りだ。

CD-R、限定10部、隔週リリース、フォーマットに準じた制作。ライナーノーツ付き。
これが一つの枠組みである。その際考えうる質に対するこだわりだけど、
カタログ全体で方向性と質が見えるような感じ、
DJのネタに使えるような・・・ちょっと聴いた時に少し印象に残るような。

同時にforestlimitが持っている「現場」と「商品をつくること」を
クロスさせる。そのスキームについてはぼんやり頭の中で作れた。

一方で、grayfieldを本格始動させる。これはもうほんとうにやりたい。
録りためたタイトルだけで三つある。もうすぐにでも出したい。
だからすぐ動く。そして出す。営業もかけ、販路も開拓し、
流通の信頼を得て、そして回していく。

grayfieldは乱打戦である。「現在の表現」を限りなくタイムロスなくメディア化していく
枠組みでありシステムだ。
例えば・・・ファクトリーレコードが持っていた先鋭的で自由な気風、
テープクラーが持っていた神秘的なDIY感、これが指針である。

そのすべてのタイトルについて、PVやCMなどの映像媒体での
告知方法も企画中だ。

forestlimitはイベントスペースとパーティスペースの両方の軸を
バランス良く配分して刺激的な場所にしたいと感がえている。
ブッキングが急務の課題である。
その際の指針もなんとなく頭に浮かんだ。

思うのだけど、「伝説のパーティ」とやらが多過ぎる。
やがて煮詰まってくる現場主義と、軽薄なコンテンツビジネスの狭間に、
forestlimit節ともいえる一本のアンカーを打ち込んで、
そこをベースに現場とコンテンツを行き来しながら先を目指していく。

そんな感じのことをぼんやり考えている。

ナパーム片岡
2012.12.07 Friday

金回りが良い

 当面の目標は悪循環の自転車操業から良い自転車操業に転換すること。入ったら使う、使った分はいってくるサイクルと規模を強化すれば、良い自転車操業になる気がする。金回りがいいってことっすかね。

というのも、若いころになんだか左翼っぽい考え方やコミューンな考え方に惹かれていった時期がありまして、金儲け=搾取みたいな変な構図が頭に刷り込まれてるんですよね。すごくざっくりいうとそうなってしまう。だから、ビジネスってのが苦手なんです。もう生理的に苦手で逃げ回ってきたからお金の作り方がよくわからないまま三十路を迎え、かつ経営者というポジションにいる。そしてけっこう銭勘定のことを理解してない。

実家の稼業が自営で商売人の気風があるから、その辺りは感覚としてあるんだけど、どうも儲けるのは苦手。そして儲けようと思っていおいろ考えると考えすぎて観念に束縛されて動けなくなったり考えただけで体力を消耗したり・・・。でも、儲けるのは苦手だけど使うのは大好きです。それってただの消費者・・・しかもかりオタク的な消費者ですよね。

一応業務に繋がるようなものを買う比率が多くなってきて、そういう意味では投資をし続けてるんだけど、明らかにバランスが悪い。インプットが無ければアウトプットがないというのが「お財布の原則」ですので、インプットまでちゃんと目配せしないとそもそも破綻するのは目に見えている。簡単なことをすぐ見失うのは、私のパラノな気質によるのか、ただのアホなのか。

ただ右も左もわからない状態からスタートして日々勉強したりただ打ちのめされたりしながら、じょじょにお金の回し方も理解してきた。その方法を想像できるようになった。それは重要なポイントで、がちゃがちゃしている現実から一つでも二つでも法則を見つけ出すのはとても大きなワンステップだと思います。理屈が書いてある本なんかも、そのイメージがあっれば効用も全然違ってきます。

お金を回すことは重要なことなんですよね。お金がなければ続けることはできないから。続ける意思があるなら、お金は回さないとならないですよね。

お金儲けましょうよ。そしてもっと一杯遊びたい。公私ともにターニングポイントにきていると実感しています。それは三年の壁なんだと思う。初期衝動が尽きてきて、情熱だけではどうにもならなくなってきた。ほんとうに、そんな危機感を抱きつつ、新しく芽生えた着想に自分でワクワクしています。

ナパーム片岡
2012.11.22 Thursday

伝説のイベント?

 そうそう、もう書き出してます。さっきポストしてもう書き出してる。
脊髄反射で書き連ねてるから誤字脱字変換ミス奇妙な言い回しはスルーして下さい。
大切なことの6割伝わればいいです。

さて、私の生業はなんなのかと考えたら、イベント運用屋さんなんですよね。
現場のディレクターであり、バーテンで体を張ってお客様に(自分の感性の範囲で)
おいしい飲み物をお作りし、またハウスPAとしてイベントの音響周りの
調整を行い、タイムキープもしつつドアが開きっぱなしに鳴っていたら
速攻で締めにいく。そんな細かいことの積み重ねは、イベントを運用するという
この一点に向けての下働きである。警察がきたらとりあえず謝罪もするし、
顔の見える範囲の店舗とは良好な関係を築くためにも(ほぼ趣味ですが)飲み歩く。

「イベントをつつがなく終らせる」できるなら「最高の体験をしてもらう」
ことは私に課せられた重責であり、がんばりようによっては最高の体験を
私も共有できる。そうなったらもう本当に楽しい。
最高のアクターの最高の演奏がみれれば、私は幸せです。
そして、まぁなんとか三年近く営業を続けてきて、
私個人は数多くの名アクト、名イベント、それこそ語りぐさにあるような
「伝説のイベント」を多く運用させて頂きました。
ただ一つ思うのは、非常に真摯な態度での発言ですが、
「伝説のイベント」はあまりに浮き草的で果敢ない。
夢幻のようにつかみ所が泣く、体験した人は記憶の反芻をのうちに記憶が劣化したり
ねじ曲げられていったりもする。また伝聞の人はなんだろう???という疑問系
と好奇心はくすぐられるでしょうけど、その実態は知らず。
結局、伝説のイベントとても多くて、それがアウラを帯びるのは、
後からの指摘や回顧話のさなかでだと思います。
良いイベントには現場に独特の熱狂が渦巻きますが、それは生々しすぎて
崇高とはその場では思わないものです。

私が今考えていることが奇跡のイベントを放置するのはもったいってことです。
レーベルGRAYFIELDは近い将来将来的にイベントのライブラリーを
積極的にアーカイブ化&リリースしていくプラットフォームにしたいと思っています。


2012.11.22 Thursday

久々のエントリー

 知らない間に外界は冬に一歩も二歩も足を踏み入れ、冷気が体力を削いでいきます。
私の暮らしている幡ヶ谷は都心なので空気も清浄ではないのですが、
それでも冷えきった空気が肺一杯に満たされると気分が少し新鮮味を帯びるような気がして、
この季節は私は嫌いじゃありません。

冬とうことでライダースを引っぱりだして着込んでいるのですが、
特にバイクを所有も免許の取得もしてません。
オカバイカーなのですが、そもそもロッケンローンな気分を
自己満足的に味わうものなのでその点はよし。
他のコーディネートには一切気を使わず、
ぼろぼろの革ジャンを今年も着用開始です。

んで、いま寝るタイミングを逸したのでブログでも更新しようかな、
となんの見当も付けず書き出してしまったので、いささか困っています。
とはいえ書くことがないわけではない。
あまりに書くことがありすぎてなにを書けばいいのか分からない状態です。
書きたいことは山ほどあります。
私は粘り強くポストができない人間のようで、(もう諦めているのですが、)
そんなこんなで身の回りのことが大きく変化していき、それにフォーカスするように
自分のマインドや見識も変化していきます。
その速度がとても早いので、例えば現状把握している範囲での
文化状況のレポートなどといってもなかなかセグメント化して書けるわけでもなく、
なんとなく書きたいことがぼやっと大量に頭の中でぐるんぐるんしていて、
ポストする際にはさてどれをどうやって書くか?なんてことを真剣に悩んでいたりする。

最近、ちょっと引きこもり気味な生活が続いていて、
現場は現場で一生懸命こなすのだけど、その間の「マ」に様々なテスト
をしてすごしています。
そのテストが成果物を生むこともあるので、
それこそ一生懸命「マ」の使い方を考えている。
そこが充実すれば結構いろいろ楽しくなってきます。

閑話休題。私、個人的に観念的な部類の人間かと思っていました。
それはその通で、コンテクストや情念の流れみたいなことをひたすら気にする
性分なのですが、往々にしてそれらの考えには血も流れず肉もつかない。
現場で「もやもや」を抱えながらいろいろ苦闘して、それこそ沢山の
疑問点やミッシングリンクを抱えている時に、
観念的だったり技術的なリサーチをかけると、驚くほど繋がってくる。
その繋がりは、事前に用意できるものではない。
勘のいい人は、冗長な体験無しにスパッとものごとの理を
理解できるのかもしれませんが、私の場合は一回現場で
自分の凝り固まった脳みそを塩揉みしてやることが重要です。
現場に編中していてもだめだし、観念的すぎてもいかん。
その二つの間のバランスをとれば、ビジョンが開いたり、
活気がでてきたりで、常時「ココロのエンジンブレーキ」
がかかりっぱなしのシャイな私でも前進する力を取り返せるような気がします。

一頃から「現場」とか「ライブ」というキーワードが再び重要になってきた感が
ありますが、「ドープな現場体験」と「妄想含みの掲示場的反省会」が
自分のなかで良いサイクルをもっていれば、基本的にはあまりファナティックになったり
てんぱったりせずにこなせるような気がします。

以下、次のポストで「伝説のイベント」について一言書きたいと思います。

2012.10.10 Wednesday

なうなモードはあんがい曖昧

Blogを書く時と話をする時では使っている脳みその回路がずいぶん違う気がする。
対人的なコミュニケーションでは極力辞書に則った言い回しをするのでだけど、
Blogの書き言葉はすべて自分のなかでしか通用しないジャーゴンまみれ。
一つの言葉や一つのセンテンスに多重な意味を持たせてしまい、
複合的で意味が掴みにくい言葉使いをしている。

実はBlogの文章はほぼ脊髄反射で書いているので、
読み返すこともないし、ほぼ脳内再生された語句をキーボードで
転写し続けている感覚がある。
メッセージを伝えるという点では非常に都合の悪い方法なのだろうけど、
そもそも私はそれほど考え込む人間ではないし、
このブログを書きつつも考えているという感じはしない。
考える前のアイディアをつらつらと転写ている。
箇条書きの変わりにリニアな文章でブレーンストーミングしている感じでしょうか。
かといって、すぐ忘れる(ようにしている)ので、
アイディアの芽を膨らませるための・・・みたいなことはない。
個々に書いてることは、どこかでまた顔を出して一つのイベントに結実したり、
自分の活動の方向性を決定づけたりするけど、
そこまで自覚的に戦略を組み立てているわけではないです。

フォレストリミットはオルタナティブスペースだ、と初心に思い帰っとき、
オルタナティブってなんだろう?と考えたら、それはやはり「壁を壊すこと」
であって「壁を築く」ことではない、と思い当たりました。
(先輩との話で気付かせて頂きました)
では、ただ壊すだけなのか?と問われたらそうかもしれない。
でも、壊すこと自体が目的ではないです。
「壁を壊す過程によって生じる運動エネルギー」こそが重要だと考えています。
そのエネルギーの使い道こそが重要であって、
オルタナティブなアティチュードをとりますが、
その先のことを考えないと立ち行かなくなります。

さて、先のことを考えると、とたんに私の思考は停止します(笑)
三日先のタスクや、イベントに関わるあれこれは考えつくしますが、
もっと大局的な枠組み、例えば10年先のビジョンを考えると、
ちょっとよくわからない。

いま・ここで発生していることは極力考えを巡らせて分析しますが、
その事象とて複合的な要因によって成り立ってるのであって、
それほど割り切れるものではない。足下もぐらぐらで、
お先も真っ暗(というとネガティブですので「灰色」としときましょう)

現実は実に胡乱ななものであるなぁと切なくなりますが、
気負ってこれはこうあらねば!と絶対的な主義信条を掲げる
のは少しムード的に違うし、もはやそのようなことはできない。
立派な日和見主義者になったんだな、と10年前の自分にあったら
殴り倒されるような気がしていています。

この日和見主義というのは、ある種の中立的な立場をとらせます。
リベラルといったほうが少し通りがよいかもしれません。
個人的な話ですが、若い時分にはずいぶん強引で恣意的な解釈を
現実に適用させようとして、それが叶わず悩んだ時もありました。
拡大解釈すると、それは時流だとか文化状況に対して
距離があったともいえるかもしれません。逆説的ですけど。
私の場合、「これはかくあるべき」が強すぎて、
自分のおかれている状況がよく理解できない(理解しようとしない)態度
に繋がっていたと思います。
10代なら10代なりのリアリティーを生きていたわけですから、
その状況下での現実はあったわけですが、
スジもものも良く知らない頃合いでしたから、
「現実」に起こっていることについてはそれほど興味が湧かなかった。
経済原理に組み込まれていなかったのは大きな要因だと思いますが、
さりとて今でもそれはたいして変わらないような気もします。

さて、良い感じにおっさんになった私ですが、
すごく物わかりは非常によくなりました。モノを良く知ろうとという態度も
ずいぶんでてきました。
若造のときよりずいぶん勉強しているという実感がありますが、
その勉強が実に現実に役立っている。
これは若い時に勉強だと意気込んで空回りしていた状況とずいぶん違います。

まぁそんなこんなで日々勉強しながら、
自分自身を律している日々なのですが、
それでけっこう手一杯でなかなか先のことまで考えが回らない。
でも、そこは時流も流動的であると割り切って、
様々な試行錯誤と実態のある悩みに煩悶しながら
がっつきながら生活しています。
現場現場と慌ただしい日々ですが、
その充実した日々のなかに若干の不安がよぎります。
それは、やはりあまりに大局的な先のことが見えていないことに元凶がある気がします。
現場主義がもたらす快楽だけでは乗り切って行けないな、
と思いながら、そろそろ「時流も流動的である」という
認識に対して一本杭を打ち込んでその先のことを考える時がきたと
結構危機感をもっています。

この三年位、現場主義に徹しましたが、
そのおかげで見えたことを一歩引いて捉えないと、
どんどん窮地に向かって進んでいるような
息苦しさがあります。
先がみえないといいながら、いま・ここの現場主義が
その先の10年をつくることは明確ですので、
引き視点とのめり込み視点の両軸をちゃんともって
活動していきたいとゆるゆる考えています。

というわけで、次のポストは「ネットがもたらした新たな戦後」
について書きたいと思います(が別のことになるかもしれません)。